患者様のために、もっとできることは?
自ら施術を受け続ける日々が始まった。
患者様の満足を追求し、常に新しい技術を導入していく。美容外科業界を牽引する存在であり続ける。開業から30数年、常に私の頭にあった思いです。
技術を磨き続けること以外に、もっと患者さんのためにできることはないのか?考え続けて閃いたのが、自分の顔やカラダで美容整形の安全性や効果を証明するというもの。そして1998年から、ボツリヌストキシン、フェイスリフト、脂肪吸引…「エイジングケアプロジェクト」と題して、世界各国の権威たちに次々と施術を受ける日々がスタート。
新しい技術のリスクは未知数で、海外から輸入する場合は日本人の肌に合わせて微調整をする必要もあります。患者様の立場に立つならば、新技術の安全性と効果は、まず自分で検証しなければ。いつしか私のポリシーとなっていきました。
完結編の執刀医は、息子である幹弥医師。
その先も、さまざまな技術を試し続けていく。
2005年には、「エイジングケアプロジェクト完結編」として、再びフェイスリフトを体験。このときの執刀医は、三男の幹弥医師。私が培ってきた技術やポリシーを次の世代へと確かに受け継ぎたいという思い、さらには、美容外科医としての息子の腕を信頼しての試みでした。
完結編と題しはしましたが、美容外科の世界は日進月歩。次々に新しい技術が誕生します。そこで2008年にはボディデザイン術といわれる「ミケランジェロ™」を体験。顔だけでなく、カラダまで理想的なシルエットに。
美容整形でここまで変わる!気持ちにも大きな変化が生まれた。
安全性と効果を、身を持って証明する。エイジングケアの見本となる。施術前後を比べていただけると、美容整形の可能性が、待っている明るい未来が、ハッキリとわかっていただけるでしょう。
こうした体験の中からは、「自分を楽しんでいますか?」という私のキャッチフレーズというべきものも生まれました。これは学生時代から私を支え続けてくれた妻が考えたものですが、いつまでも美しく、若々しくあることは、まさに自分を楽しむこと。そして見た目の美しさを取り戻すと、人はどんどんとポジティブになっていきます。外見だけでなく気持ちにも生まれた変化まで、患者様へと伝えていきたい。これからも自ら様々な治療のモニターとなって、自分を、人生を、とことん楽しむ提案をしていきたいと考えています。
高須克弥が体験した主な施術 | |
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1998年 4月 | ヒアルロン酸とボツリヌストキシン注射によるシワ取り。ボツリヌストキシンは日本人として初めてのことだった。 |
1998年 12月 | フェイスリフトと上下まぶたのたるみ取り、医療植毛。 |
1999年 5月 | たるみの原因といわれるバッカルファット(頬の脂肪)を吸引。 |
1999年 8月 | ケミカルピーリング。施術者は、妻である高須シズ医師。 |
1999年 11月 | 金の糸(ゴールデンリフト)。当時、最新のエイジングケア術で、アゴに12本の金糸を埋め込んだ。 |
2005年 6月 | フェイスリフト。執刀医は、三男である高須幹弥医師。 |
2008年 8月 | ボディデザイン術・ミケランジェロ™。国内第一号のモニターに。 |